服部健司教授講義「大量留年する授業」群馬大学医学部 | Hipo Times
群馬大学週刊文集

服部健司教授講義「大量留年する授業」群馬大学医学部

群馬大学

週刊文春オンラインで国立群馬大学医学部3年生が一人の教授の授業によって留年が決定しています。医学部の学生24人が受けた服部健司教授の授業がアカハラだと注目が集まっています。

この記事では服部健司(はっとりけんじ)教授の講義・授業内容を調査記載しています。

服部健司教授の講義「医師として必要な授業」

服部健司教授の講義は本当にアカハラだったのか調査していく時にこの書き込みを見つけています。

この学生は服部健司教授の授業を受け合格した学生なのか、この授業で死ぬほど考えたと言っています。

さらに医師として人関わる上で大切な事を教えようとしている服部健司教授の講義を調査していきます。

実際に授業を受けた学生です。 たしかに授業はとても厳しかったです。 しかし、この授業で学んだことは、その厳しさ以上に大きかったです。

患者さんの気持ちを考えるとはどういうことなのか、死ぬほど考えさせられる授業でした。

医師として人と関わる上で大切なことを教えようとする服部先生の優しさを感じた学生は、私だけではないと思います。

一方的なこの記事だけで服部先生、そして群馬大学を批判するようなことはやめてください。

どうかお願いします。

服部健司教授講義「即興演劇を通じて人間力を育む」

この記事は2022年8月8日に週刊医学会新聞のレジデント号に記載された授業内容で。

臨床倫理学を専門とする服部健司教授がこれからの医学は医学の知識・技術だけでなく、人間や社会的な理解を深めることを求められてます。

どうゆうことかというと、今までの医療は治療は医師の選択の部分が多く、治療の選択は医師に委ねられていたのです。

しかし最近の社会動向として患者の意思を生きる他者の生へと関心に向け,患者の心情を想像し、医師としてではなく、人としてのコミュニケーションの図り方,自己表現力,患者のニーズに対して柔軟に対応する方法を学ぶことを必要とされているのです。

「積極性がない」「マニュアル的な患者対応をしている」「興味のないことには全く関心を示さない」「コミュニケーション・スキルのバラつきが大きくなっている」。

昨今の医学生・研修医に対するイメージについて上記の中堅臨床医の声を聞いた臨床倫理学を専門とする服部健司氏(群馬大学大学院教授)は,

「これまでは医学の専門知・技術を教育する場として存在した医学部だったが,これからは人間や社会についての理解を深め,経験知を増やすための場が医学部には求められる」と卒前教育の変化の必要性を説く。

本紙では,こうした背景を基に群馬大学で立ち上げられた授業,「医系の人間学」の模様を取材した。

即興演劇の一部が記載されているので記載していきます。すごいのは最初の演劇はプロの役者が演じているんです。

そして、演劇を見た後に自分の思ったことを学生同士で話し合い、話し合いが終わった頃を見計らって、学生を指名し、医師役をやってもらうという授業スタイルなんです。

実践的に近い状況で医師として患者のことを考える授業なのがわかっています。

服部健司教授講義内容「即興演劇シーン1」

即興演劇のシーン一1は患者は首の脊髄を圧迫している黄色靭帯と椎間板を摘出、人工骨で髄腔を確保する手術を受けた患者とのやり取りです。

頸椎ヘルニアの手術は成功したが、患者は入院して手術して症状がなくなるともっていたが2ヶ月経つが治らない、これじゃ今までの生活ができないと、患者のジレンマを描いたストーリーです。

即興演劇のシーン1

 

医師 内山さん,お加減いかがですか。

患者(内山) はあ,先生。……あんまり変わりがないです。入院してよくなったかっていうと,そういうこともなくて。

医師 うーん,そうですか……。

患者 手や足に力が入らないし,ジンジンして,痛みもずっと続いています。

医師 ……そうですか。

患者 先生,これはもう治らないんでしょう? はっきり言ってください。

医師 それはですねえ……今の時点ではなんとも。

患者 こんなんじゃキノコ採りに行けませんよ。

医師 うーん。でも,ですね,内山さん。首の脊髄という太い神経の柱を圧迫していたデッパリ,黄色靭帯と椎間板を摘出して,人工骨を使って,神経の通る空間を広く確保する手術。手術自体は,無事成功しましたよ。何の問題もありません。

患者 (医師を見据える)

医師 ですので,じきに症状はとれてくる,は,ず,なんです。

患者 ……ええ,でも,手術していただいて,かれこれふた月,よくなっていないです。よくなるどころか,悪くなってます,手術前より。

ここまでがプロの役者が演じたシーン1になります。

「はい,ここでストップ!」。授業を担当する服部氏は,診察室の一幕を演じていた俳優の演技を止め,すかさず「今の場面どう思いましたか? 周りの同級生と2分間話し合ってください」と,

講堂を埋める100人を超す医学科2年生に議論を促す。学生たちの話し合いが終わったころを見計らい,同氏はこう切り出した。

「ではAさん,この場面の続きをエチュードしてみましょうか」。

医師役を演じていた俳優に代わり,今度は学生が演じる――。

一連の流れは,群馬大学医学部医学科で行われる「医系の人間学」と冠した授業の1シーンだ。

学生の相手を演じるのは舞台やドラマで活躍する一線級の役者たちであり,学生はその迫力に圧倒され,独特な緊張感に引き込まれていく。医学科の授業ではあまり見られない光景だが,なぜこのような取り組みが行われているのだろうか。

服部健司教授は「この即興演劇の場面をどう思ったか」しか聞いていないところが重要になっています。服部健司教授の言い方だと医師だけでなく患者の考えも入っているのがわかります。
ここでどう考えるのかが重要になってきます。患者メインで考えるのか、医師メインとして考えるのか、そこだけでも2つの考えが出て来ることになります。

服部健司教授講義「学生が医師役をした場合」

さらに講義は続きます。服部健司教授は医師役に学生にさせることでさらに即興演劇を続けています。

医師(学生) そうなんですけど……。手術的にはうまくいっているので,整形外科的には何も問題ないかと……。

患者 でも,現実に手はビリビリするし,動かないし。何なんですか,これは?

医師 手術自体が失敗した訳ではなく,他のところに問題があるのではないか,というのが私の診立てです。

患者 どこが問題なんですか?

医師 ……。現実的に今一番考えられるのは,神経に問題があるのではということです。親しくする専門の医師がいるのでそちらの病院を紹介しますね。

患者 神経……ですか?(困惑した表情)

医師 何か問題があると決まった訳ではないのですが……。もしかしたら神経を専門に診ている医師ならば具体的な解決案が出てきて,症状が改善するかなと思います。

このシーン後に服部健司教授はエチュードを止め,患者対応の狙いについて学生に説いています。
①手術が成功したこと,
②他に原因がある可能性を考慮し専門施設を紹介したい旨を伝えたかったと話す。
そして服部健司教授は次の事を学生に問いかけます。
服部健司教授:「では実際にその考えを実践してみて患者さんはどのような反応をし,それに対してどう考えましたか」
学生:「症状が治らないことを患者さんから繰り返し伝えられたために,原因を何とか見つけ出そうと専門的な検査を行えればよいと考えた」
服部健司教授:「それは医学的な発想だよね。本当にそれだけでいいのかな」
ここがこの講義の凄いところは、学生は医学生なので医学的発想をもっているのはわかります。しかし、服部健司教授が求めているのは医学的発想を求めている訳ではないのです。
それは患者の気持ちに寄り添う医療をするには絶対必要な事なのです。

服部健司教授授業「本当の狙い」

服部健司教授の講義の本当狙いは医学生が医師として当事者となり、目の前の模擬患者ニーズとのやり取りを通じて困惑と失敗を何度も繰り返し体験することで感覚を研ぎ澄ましていく事にあります。

今までの医療はケーススタディによる症例検証がメインの授業・学習方法がメインです。

しかし、それは医療者としての医学的発想にしかすぎないのです。患者に寄り添い治療のどこをゴールにするのか、また治療のどこまでがゴールになるのか決めるのは患者になることを考えるところにあるのです。

服部健司教授の授業の真の狙い

これまでの一般的な臨床倫理の授業は,評論家的に頭の中で思考を巡らせ,ケーススタディに取り組む学習方法であったが,

「当事者」となり目の前の模擬患者とのやり取りを通じて困惑と失敗を何度も繰り返し体験することで感覚を研ぎ澄ましていく。

ともすれば医学的な思考に偏りがちな昨今の医学生にとって,心情理解や一挙手一投足を見逃さない洞察力といった,理屈や知識ではない「生きた倫理」を身に付けさせたいと服部氏は訴える。

本授業で患者役をプロの役者が演じているのも,設定された患者のストーリーを想像し,学生の言動に即座に対応できる能力に長けているからだ

実際に医師役を演じた医学生の言葉は臨床を意識できる授業があるのは刺激的と言っています。
医師を演じた医学生
「観衆として他の学生が演じる様子を客観的に見るのと,実際に演じるのは全く別物。目の前で起こる状況に臨機応変に対応していくことに必死だった。基礎系の学問を中心に日々学ぶ中で,本授業のように臨床を意識できる授業があるのは刺激的だ」本授業の意義を語った。
群馬大学医学科では,2017年より人間理解,人とのかかわり方を学ぶ「人間学」をカリキュラムへと導入する検討を続けてきており、ついに2020年からスタートした。
今回の24人の留年は2020年から始まったこの講義で単位を落としたことになります。
この授業は医学科1~3年生を対象に,社会の現実の中で生きる他者の生へと関心を向け,心情を想像する力,人とのコミュニケーションの図り方,自己表現力,他者のニーズに対して柔軟に対応する方法を学のです。
医師として必要な医学的な知識と技術、以外の人間的な基本的な素養を身につけることを目的としているのです。
服部健司教授は「座学にとどまらず身体表現参加型授業を取り入れることで,マニュアル通り決められたパターンに従って振る舞うのではなく,相手の出方に合わせて,しなやかに,のびやかに身体表現を養う時間としたい」と話しています。

服部健司教授講義「生きた倫理を体得する全12シーン」

①俳優陣が医療面接をドラマ仕立てで演技
②それを見た学生が医師役となって,俳優が演じる患者・家族とやり取りをしつつドラマを展開
③俳優陣は学生の言動に応じて即座に別の反応をする
④演技後,学生は自身の狙い, 相手の様子と感想を発表⑤教員や俳優陣,他の受講生からのフィードバック

 

 

取材した時の事例はさらに「精査目的で入院したにもかかわらず,検査・治療を拒否した事例」が取り上げられているようですが、内容まではわかっていないのです。
他の11の事例にも興味がありますが今回の調査で出てきたのは1事例だけです。
他の事例も実際の事例を題材とした症例なので興味があります。今後も調査していきます。

服部健司教授講義「ベストティーチャー賞2連続」

この授業からわかるように今までの医療は患者主体ではなく、医師が主体で治療の選択、決定していたのに対し、この授業はその考えを患者主体でも考えられるようにするための授業だったのです。

この授業は今の医療に必要な授業と言えます。だから群馬大学ベストティーチャー賞を二年連続で受賞するのもわかります。

 

服部健司先生、群馬大学ベストティーチャー賞を二年連続で受賞してるらしい。

追記:服部健司教授講義「一定レベルを維持した授業」

大学は受講していれば勝手に進級していくってことはないのはわかっています。一般ならテストで一定のレベルに達しない場合、出席日数が足りない場合留年になるのはわかっています。

そもそも群馬大学医学部は国立大学の医学部になります。学生の一定レベルの維持をした場合、留年になってしまったなら文句はないはずです。

一定レベルをクリアしていない医学生が進級できることは果たしていいことなのかそれはあってはいけないことなのです。

この記事の大学の留年数というのは、一般的には多い印象なのかもしれませんが、厳しい大学の理系だと一つの科の学生の15パーセントは進級できないということは聞いたことがあります。

また、その厳しい大学の教授によっては必修科目の単位取得を厳しくしていて、その科目の単位だけを落としたことによる留年が珍しく無いということも聞いたことがあります。

厳しい大学では、学生の一定レベルを維持するためには容赦ないです。 ましてや、この記事の大学は医学部ですから、それ以上に厳しいことがあっても不思議ではないと思います。

人の命を扱う以上レベルの低い医学生は留年になるのは仕方がないです。確かに服部健司教授の授業はハイレベルです。

医師の知識・技術だけを求めるのだけでなく、患者の考え、思いなどを一緒に考えるそんな医師を育てないとけないのは国立大の使命です。

それを自分の勉強不足を反省するどころか、落とした大学に文句言うのは医療従事者としてというよりも学生として恥ずかしいです。

大学は自分が求めた学部、学科を勉強する場所です。一定レベルに達しないなら留年は普通です。

レベルが低い医者を増やすよりはマシ。
まぁ他の大学だと合格点なのか?はわからんけど。
学費を集める為とかなら問題。(爆サイより引用)

追記:国立大の医学生は不勉強と言われて悔しくないのか

人命を扱う以上、多少厳しいのは仕方ないのではないでしょうか。

一般の仕事ではミスをすれば金銭的な損失が発生しますが、 医療従事者の場合は人命に危険が及びます。

その責任の重さを、 どうお考えなのでしょうか。

自らの不勉強を反省するどころか、 大学側に文句を言うとは、医療従事者としての資格なしと判断されても おかしくないと思います。

場合によっては放学処分もやむなしと なり得ると思います。

少なくとも、原級留め置きの場合は、全単位 取り直しの上、合格基準も各科目で60点から70点に厳しくするなど、 一層の反省を促すことが必要と考えられます。

別に複数の必修科目で規定の点数取れなければ留年なんて、他の大学でもざらにある。不勉強を棚に上げてアカハラなんて馬鹿過ぎる。

どこかのヨーロッパの国で日本より遥かに低い残業時間で「奴隷扱いするな」とデモやってた馬鹿と一緒だな。(爆サイより引用)

残念ながらガルちゃんでは医学生の不勉強を言っている書き込みはなかったです。

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